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2007年06月24日掲載

大士〜17安打13点爆勝!! 大士今季1号3安打3打点

〈切り込み隊長「やっと出た」〉
166造両柄な体がくるりと回る。コンパクトに振り出されたバットが内角のスライダーを完ぺきにとらえる。打球は長野の青空を切り裂き、右翼スタンドに突き刺さる。0−2から同点に追いついた2回だ。2死一塁で飛び出した初本塁打に「やっと出ました。体の回転で鋭く打てました」と大士。思わず自画自賛した。

先発の萩原が1回に2点を失った。だが、直後に大士の勝ち越しの一発などで4得点。富山の切り込み隊長が打線に火をつけた。2回に2点を奪われ、同点に追いつかれるものの、3回、クリーンアップの3連打などで3点を勝ち越し。その後も打ち続け、結局、17安打13得点で大勝だ。

9回にも適時打を放つなど3安打3打点の大活躍を見せた大士。開幕直後は3割5分を越える打率をキープして、スタートダッシュの原動力になった背番号9だが、当然、他チームは徹底マーク。内角攻めを食らい、打率も2割5分近くまで下降した。

〈不振から脱却「常に平常心」〉
結果が出ない苦しい日々。気持ちが落ち込んでもおかしくなかったが、「打率は終わってみてなんぼ。気にしない」と不調の中、普段通りの日々を送った。そこには師と仰ぐ・宮地克彦プレーイングコーチ(35)の存在があった。
「宮地さんはその日の結果に一喜一憂しない。常にシーズンを通した長い目で見ている」と大士。生きた手本の精神面をまね、黙々と練習を続けた。内角攻めが続く中、あえて内角を意識せず、力まずにバットを振ることで解決の糸口を見いだした。「常に平常心でいること」−。05年のパ・リーグベストナイン・宮地から学んだ精神力で不振から脱却した。

「今まで通り、1番として、四球でもデッドボールでも、ヒットでもいいから塁に出るだけです」と大士。復活した先頭打者が、富山を引っ張る。

2007年06月18日掲載

町田 一也〜3点三塁打町田

〈観戦した父に活躍の贈り物〉
力の限りバットを振り抜いた。「こんなおいしい場面はない。ありがとうございます」。1点を先制した直後の1回2死満塁。町田はプレッシャーを力に変えた。直球を完ぺきにとらえ右中間に弾き返した。走者一掃の適時三塁打。「フルスイングでいきました」と流れを引き寄せる3点適時打に胸を張った。

16日、長野・上田で行われた信濃戦は2−5で敗戦。その中、4打数3安打と気を吐いたが「富山で打たないとダメ。空気を読まないと」。浪速っ子はホームでの活躍を誓っていた。

父の日の一戦、大阪・高槻市から観戦に訪れていた父・豊一さんと地元ファンの前で大仕事をやってのけた。「打ててうれしいです」笑みがこぼれた。
明るいキャラクターに軽妙なトークで人気は上昇中。そんな一面とは裏腹に、野球への向上心は人一倍強い。中学2年まで右打ちだったが一塁に少しでも近いからと試しに左打席へ。感触がよかったこともありずっと左打ちだったが、「上(プロ)に行くには右でも打てた方がいい」と2週間前から練習を開始。大量リードを奪った2打席目から3打席目は、左腕相手とあって右で打った。遊ゴロ2本と二ゴロに終ったが手応えはあった。
町田だけでなく打線全体が積極的だった。甘い球を逃がさず3回までに11安打8得点。それを支えたのが宮地克彦兼任コーチ(35)だった。前日、5勝1分けと得意の信濃に2点に抑えられた。「たまたま打球が正面にとんだだけ」と激を飛ばし自信をつけた。

石川が敗れて単独首位に復帰。たが、町田は「まだ順位は関係ない。自分たちの野球をするだけです」と力強く言い切った。

草島 諭〜草島 地元・高岡で1号

3番・草島が凱旋弾で故郷に錦を飾った。2回無死一塁、右越えに1号2ラン。「早くホームランを打ちたかった。地元の高岡で打ててよかったです」とホッとした表情を見せた。

この試合から「ガンバレ草島諭選手」と書かれた縦90臓横5辰硫C破襪登場。出身の高岡市美原町の自治会が2万5000円をかけて製作したもので、同町からは約50人の応援団も駆けつけていた。村中憲作自治会長は「一発も出たし、応援した甲斐がありました」と目を細めていた。

プロフィール

とやま・いしかわ報知
「スポーツ報知」にて富山、石川に密着したスポーツ記事を掲載中。

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